染色体均衡型転座に対する着床前診断

◆着床前遺伝学的検査をすると流産は減少しますが、出産できない人が出来るようになる事は証明されていません。

染色体均衡型転座に対するPGT-SRは1998年に世界で最初に報告され、2006年から日本でも習慣流産を適応としたPGT-SRが始まりました。体外受精によって得られた受精卵の一部を取り出し、均衡型の受精卵のみを胚移植して流産を防止する技術です。本邦では遺伝性疾患についての着床前遺伝学的検査が優性思想につながるという倫理的批判から、慎重に審議されています。日本産婦人科学会は症例ごとに審議をして重篤な遺伝性疾患に限って認めるという見解を作りました。

倫理的批判を要約すると生命の廃棄、優生思想、自然妊娠が可能な女性に対して体外受精が必要という点です。

体外受精の合併症としては、排卵誘発剤の副作用として卵巣過剰刺激症候群、血栓症、採卵時の麻酔の合併症、臓器損傷などがあげられます。

欧州ヒト生殖医学会ESHRE PGD Consortiumによれば、着床前診断によって生まれた児の体重は3225gと標準的であり、先天異常は5.8% (47/813)に確認されましたが、これは顕微授精における頻度と同等と考えます。発達に関しては6歳時点では自然妊娠との差はみられていません。

転座保因者に対するPGT-SRの、症例数の比較的多い論文は7つあり、採卵あたりの出産率は6.2-47.2 %です(表6)。これらの論文にはすべてコントロールが設定されていません。前述のとおり、自然妊娠の診断後初回妊娠成功率は31.9%-65%です。PGT-SRによって流産を避けることはできそうですが、出産できなかった人ができるようになることを証明する無作為割付試験は報告されていません。体外受精が前提であり、体外受精の出産率は女性の年齢によって異なり、20歳代で20数%、40歳では10%です(日本産科婦人科学会ART登録データ)。数回の採卵+PGT-SRを繰り返して妊娠に至ることになります。Franssenらの自然妊娠による累積成功率は83%であり、PGT-SRによってここまで出産にいたることは難しいでしょう。

日本でも2006年12月から、染色体均衡型転座に起因する反復流産を適応としたPGT-SRが始まりました。名古屋市立大学とセントマザー産婦人科医院(北九州市)は染色体転座に起因する習慣流産(反復流産)患者さんを対象として、PGT-SRと自然妊娠を選択した患者さんの出産率を世界で初めて報告しました(表7文献28)。35歳未満の患者さんの初回の出産率ではむしろPGT-SR群の出産率が悪く、累積出産率に差はありませんでした(67.6%と65.4%、表7)。妊娠までの時間もほぼ同じでした(12.4か月と11.4か月)。

しかし、PGT-SR群では流産は有意に減少しました(平均0.24回と0.58回)。その後妊娠に至らない頻度はPGT-SR群に多い結果でした(18.9%と3.8%)。平均2.5回採卵を行い、平均2.2回胚移植を行い、その費用は約95万円でした。この費用について、体外受精、試薬代のみを徴収し、技術料は臨床研究であるため無償で行ったため内外の着床前診断平均費用と比較してかなり低額であることを申し添えます。

35歳以上でPGT-SRを選択した方は24.3%(9/37)が出産できました。自然妊娠が少数であったため、35歳以上については比較ができませんでした。

この研究は2006年から実施されたため、

  • 生検や診断方法が古い
  • 無作為割り付け試験でないため、両群間のバイアスがありうる
  • 症例数が限られる

という欠点がありますが、現時点で転座に起因する習慣流産患者におけるPGT-SRの比較試験は他にありません。ESHRE RPLガイドラインはこの論文を引用し、夫婦どちらかに染色体異常が存在する場合、遺伝カウンセリングを行い、着床前診断の利点、欠点ともに説明することを推奨しています。

表7 均衡型転座を対象として着床前診断を行った症例と行わなかった症例の帰結
着床前診断 PGT-SR 自然妊娠 OR (95% CI) p-value
診断後初回の出産率 37.8% (14/37) 53.8% (28/52) 0.52 (0.22-1.23) 0.10
累積生児獲得率 67.6% (25/37) 65.4% (34/52) 1.10 (0.45-2.70) 0.83
その後、妊娠しない確率 18.9% (7) 3.8% (2) 1.19 (1.00-1.40) 0.03
平均流産回数 0.24 ± 0.40 0.58 ± 0.78 0.02
平均採卵回数 2.5 (2.30)
平均胚移植回数 2.2 (1.85)
出産に至った妊娠までの月数 12.4 (13.95) 11.4 (10.9) NS
双胎の頻度 29.0% (9/31) 5.1% (2/39) 7.57 (1.50-38.26) 0.009
患者あたりの費用 $7,956 U.S.
Ikuma et al. ProsOne 2015